仏ヶ浦とは

仏ヶ浦とは

仏ヶ浦とは

仏ヶ浦とは

佐井定期観光株式会社

国指定天然記念物・名勝
仏ヶ浦

今から約2000万年前、 日本列島がユーラシア大陸から分離して日本海が誕生する際に 大規模な海底火山活動が起こりました。 それは長期間に渡って日本海沿岸各所に火山灰を堆積させ、 厚い凝灰岩の層を形成しました。 仏ヶ浦の原形もこの時に形作られたと考えられます。

仏ヶ浦港へ着岸する様子

写真_仏ヶ浦港へ着岸する様子

海岸線に連なる奇岩

写真_海岸線に連なる奇岩

高い場所にある奇岩 “双鶏門”

高い場所にある奇岩“双鶏門”

この地の凝灰岩はもろく崩れやすく、 表面が常に浸食されているので植物が根付きにくくなっています。 海岸を歩いてみると岩が崩れ落ちる音が時折聞こえ、 実際に小さな岩が斜面に沿って大量に堆積しているのがわかります。

大町桂月の歌碑

この場所は長い間、地元の限られた人々にしか知られていませんでした。1793年(寛政5年)に旅行家・博物学者である菅江真澄が訪れて歌を詠みました。

また、文政の頃(1818〜1829)、盛岡藩は新当流師範役漆戸茂樹の奥旅路記によると、「海上より海岸に大岩立ちたる、これを一ツ仏という。極楽浜と云うは、砂場にて、きれいなる磯辺、仏ケウタとて白岩、とがり立ちたる数々あり、まことに奇なる岩ともなり、珍しき所なり」とあります。

さらに、1922年(大正11年)には文豪・大町桂月が 下北半島の山水を訪ねてこの浜に至り、その造形の奇妙さに感歎して歌を詠んでいます。海岸には、大町桂月の歌碑が建てられています。

大町桂月の歌碑

大町桂月の歌碑
 

・ごくらくの 浜のまさごし ふむ人の 終に仏 うたかひもなし

  (極楽の 浜の真砂路 踏む人の 終わりに仏 うたかひ(疑い)もなし)
 

・神のわざ 鬼の手造り仏ウタ 人の世ならぬところなりけり

   呆れ果て 驚き果てて仏ウタ 念仏申す外なかりけり

船着場から南方を見る

仏ヶ浦海岸ミニパノラマ

これ以来、仏ヶ浦は人々の注目を集めることとなり、 昭和9年10月、県告示第599号をもって青森県天然記念物に指定され、 昭和16年4月には文部省告示第600号により、文化財保護法に基づく天然記念物の指定となり、 同じく昭和43年7月22日、下北国定公園が設定されることとなり、 恐山とともに仏ヶ浦も景勝地として大きく取り上げられました。

仏ヶ浦の信仰

仏ヶ浦まつり “数珠繰り” の様子

仏ヶ浦まつり・数珠繰りの様子

旧暦6月24日はお祭りであり、現在は7月下旬に行われています。祭典の日は近郷近在からの参詣者が特に多いですが、この日に偶然訪れる観光客の人々はその幸運にたいへん感激されます。語り伝えによると昔は、地蔵尊信仰の人々は23日に恐山の地蔵堂にこもり、翌24日は四里の山谷を歩き、仏ウタに降り、この地蔵堂に参詣するのが慣わしであったといいます。

仏ヶ浦 “石積み” の風景

仏ヶ浦・アンコールワットのような風景

仏ヶ浦に祀られているのは地蔵菩薩です。地蔵堂のほか、海岸の数カ所に石の地蔵様が鎮座しています。仏ヶ浦周辺の福浦地区や牛滝地区の漁師にとって、この場所は大切な信仰の場所です。毎年7月の「仏ヶ浦まつり」では、地元の女性たちが十三仏のご詠歌を唱え、長い数珠を十数人で繰るという風習が伝わっています。この地に地蔵菩薩が祀られていることは、仏ヶ浦を賽の河原と見なし、石を積む風習が残ることと関連があるのかも知れません。

仏ヶ浦 “地蔵堂”

仏ヶ浦・地蔵堂

仏ヶ浦・石積みの海岸

仏ヶ浦・石積みの海岸

地蔵堂へ続く道

地蔵堂へ続く道

仏ヶ浦を歩く人々

仏ヶ浦を歩く人

サイライト号(当社)

サイライト号(当社)

関連情報

水面に映る奇岩

仏ヶ浦に売店等はありません。仏ヶ浦付近は国定公園に指定されており、自然保護上の理由により売店を設置していません。飲み物などが必要な場合は、「津軽海峡文化館アルサス」や、アルサスに隣接している軽食・お惣菜の店「ちょこっと」、またはコンビニ等にて事前にご用意願います。仏ヶ浦にゴミ箱はありませんので、持ち込んだゴミなどは必ず持ち帰るようお願いいたします。

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